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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)709号 判決 1981年9月14日

原告

石部隆次

右訴訟代理人弁護士

永野周志

右同

中村仁

被告

西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役

吉本弘次

右訴訟代理人弁護士

村田利雄

右同

植田夏樹

右同

国府敏男

主文

原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告に対し一、三九六万八、三八四円及び昭和五五年一二月以降毎月二三日限り一三万〇、九〇〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決並びに同第二項につき仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、電車及びバスによる旅客運送事業等を営む会社であり、原告は昭和三八年八月二六日被告会社に雇用され、被告会社戸畑自動車営業所(以下「戸畑営業所」という。)に車掌として勤務していたものである。

2  被告は、昭和四六年七月三一日原告に対し同年八月一日以降の出勤禁止を命じ、ついで同年一〇月二二日原告を諭旨解雇する旨の意思表示をした。

3  被告が原告を諭旨解雇にした理由は、原告の行為が被告会社就業規則六〇条三号「上長の職務上の指示に反抗し、もしくは会社の諸規程、通達などに故意に違反し、または越権専断の行為をしたとき」等に該当するというものであるが、原告には右就業規則の規定等に該当する事由は存在せず、右解雇は無効である。また、出勤禁止命令は従業員に懲戒処分に該当する事由がある場合懲戒処分をするまでの間の暫定的措置として行うことができるものであり、本件出勤禁止命令も原告を諭旨解雇という懲戒処分にする前提としてされたものであるが、原告には右懲戒処分に該当する事由はないのであるから、右出勤禁止命令は無効である。

4(一)  出勤禁止命令が出された当時原告の賃金は一ケ月三万八、七六〇円であったから、同命令がなければ原告が昭和四六年八月一日から同年一〇月二一日までに得べかりし賃金は一〇万三、三六〇円となるが、同命令があるため減額され六万二、〇一六円しか支給されなかった。

(二)  前記諭旨解雇がなかったならば原告が昭和四六年一〇月二二日以降得べかりし毎月の賃金の額及び各期の賞与の額は別表(略)(一)記載のとおりであって、昭和四六年一〇月二二日以降昭和五五年一一月までの得べかりし賃金の合計は九八六万九、〇〇〇円、昭和四六年冬期以降昭和五五年冬期までの得べかりし賞与の合計は四〇三万六、四四〇円である。なお被告会社における賃金の支払日は毎月二三日である。

(三)  昭和五五年から被告会社は手当として夏期及び冬期に各一万〇、八〇〇円合計二万一、六〇〇円を支払うこととしたので、諭旨解雇がなければ原告は右手当も受給し得べきである。

(四)  前述したとおり被告会社のした前記出勤禁止命令及び諭旨解雇はいずれも無効であるから、原告は被告会社に対し出勤禁止期間中の得べかりし賃金と受給賃金との差額四万一、三四四円、解雇後の昭和四六年一〇月二二日から昭和五五年一一月三〇日までの得べかりし賃金九八六万六、〇〇〇円、賞与四〇三万六、四四〇円及び昭和五五年に得べかりし手当二万一、六〇〇円合計一、三九六万八、三八四円並びに昭和五五年一二月から毎月二三日限り一ケ月一三万〇、九〇〇円の割合による賃金を請求することができるというべきである。

(五)  なお、仮に出勤禁止命令が有効だとした場合、諭旨解雇がなければ原告が昭和四六年一〇月二二日以降得べかりし毎月の賃金の額及び各期の賞与の額は別表(二)記載のとおりであって、昭和四六年一〇月二二日以降昭和五五年一一月までの得べかりし賃金の合計は九六三万五、八六〇円、昭和四六年冬期以降昭和五五年冬期までの得べかりし賞与の合計は三八七万六、八八〇円となり、原告は被告会社に対し前記(三)の手当と合わせ一、三五三万四、三四〇円並びに昭和五五年一二月から毎月二三日限り一ケ月一二万七、九一〇円の割合による賃金を請求できるというべきである。

5  よって、原告は、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することの確認を求め、被告に対し得べかりし賃金等一、三九六万八、三八四円及び昭和五五年一二月から毎月二三日限り一ケ月一三万〇、九〇〇円の割合による賃金(出勤禁止命令が有効であれば右4の(五)記載の金額)の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3は、諭旨解雇及び出勤禁止命令が該当事由がなく無効であるとの主張を争い、その余の事実は認める。

3  同4の(一)ないし(三)、(五)の各事実は認める。同4の(四)の主張は争う。

三  抗弁

被告会社が原告に対し出勤禁止を命じ、原告を諭旨解雇にした理由は次のとおりである。

1  別紙(略)記載の確認書(以下「本件確認書」という。)に対する押印の拒否行為について

(一) 被告会社のように鉄道、軌道および自動車による運送事業等を営む企業にとっては、乗車賃がその収入の根幹をなすものであり、乗務員等(就業規則第六条により勤務中の私金の携帯、所持を禁止されている従業員をいう。)の乗車賃の不正領得は企業の存立を危くするものである。そこで被告会社では乗務員等による乗車賃の不正領得を防止するため、就業規則七条に「社員が業務の正常な秩序維持のためその携帯品および所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない」との規定を設け、乗務員等の携帯品、所持品の検査を行ない、乗車賃を隠匿していた者に対して同規則六〇条九号又は一一号により懲戒解雇に付し、また、同規則六条で勤務中私金の所持を厳重に禁止し、私金を持って出勤した場合はただちに所属責任者に預けるものとし、勤務に就く前に各人に私金を持っていないことを確認させ私金を持っていない旨の誓約書に押印させることとし、もし乗務員等が勤務中に金銭を携帯、所持していた場合に、それが私金であるとの証明がついたときは、同規則五九条一七号により出勤停止以下の懲戒処分に付し、私金であるとの証明がつかないときは、同規則第六〇条一三号によって懲戒解雇に付してきた。(ただし昭和五一年九月被告会社は就業規則を改正し懲戒解雇処分を停職処分に変更している。)

被告会社は従来から乗務員等に対し右に述べた金銭取扱いに関し、入社時はもとよりその後も教育、指導を行ない不正行為の防止に努めてきた。

それにもかかわらず右就業規則各条により懲戒処分に付される者は次表のように相当数にのぼり、昭和四五年二月には北九州営業局八幡自動車営業所において集団チャージ事件が発覚し、社内はもとより社外からも厳しい非難を浴び、会社の社会的信用は著しく失墜した。

<省略>

(二) 被告会社および西日本鉄道労働組合(以下「組合」という。)は右集団チャージ事件を契機として、不正行為の防止並びに失墜した社会的信用回復のため、昭和四五年六月三日に労使合同適正化委員会(以下「適正化委員会」という。)を設け、サービス向上、収入金取扱いに関する業務改善の問題について、協議、決定を行ない実施することとなった。

そして右委員会において数次の協議が重ねられた結果、同年一〇月二八日会社組合間において同年内に私金取扱いの手順並びに就業規則六〇条一三号に定められている「私金の証明」が今後厳格に解されることの周知徹底を行うことが決められ、これに基づき被告会社は右決定に係る内容につき電車、自動車の各局長名による告示文を掲示し、乗務員等及びその家族に協力依頼の文書を発送して周知徹底をはかり、組合も同趣旨の告示文を掲示して組合員に対する周知徹底と協力を求めた。

(三) ところで当時の就業規則六条は「所定の職務に従事する者は、勤務中私金を携帯してはならない。私金を持って出勤した場合は、ただちに、所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲は別に定める。」と規定せられていて「所持」の文言がなく、同第七条は「社員が、業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と規定されていて、「携帯品」の文言がなかった。しかし従来から会社組合間においては、六条の「携帯」には「所持」の概念が含まれており、七条の「所持品」には「携帯品」の概念が含まれているとの解釈運用が為されていた。しかし適正化委員会及び併行して行われた労使協議会の審議過程において組合から就業規則上の規定の表現においても従来の解釈適用の実際と一致せしめるべきであるとの提案がなされたので、被告会社は同規則六条を現行「所定の職務に従事する者は、勤務中私金を携帯もしくは所持してはならない。私金を持って出勤した場合は、ただちに所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲および私金の取扱いについては別に定める。」と、同七条を現行「社員が、業務の正常な秩序維持のためその携帯品および所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と夫々修正し、他の若干の修正と併せて昭和四五年一二月一日就業規則の一部改正として組合に提示してその意見を求めた。これに対し組合は中央委員会の審議を経て、その意見を会社に回答したのであるが、右六条、七条の改正については前記事情により特に異議を述べなかった。

(四) 以上の経過により就業規則六〇条一三号における「私金の証明」は厳格に解されるものとして昭和四六年に臨んだのであるが、同年一月から二月にかけて、河原事件、今住事件、坂田事件が次々に発生して、会社は右条項該当案件として組合に懲戒解雇を提案するにいたった。これら案件に対する労使協議会において、組合から委員会における合意事項に基づく私金の取扱いを厳重に行うこと並びに「私金の証明」が厳格に解されることについての周知徹底がなお不十分であったために昭和四六年になってからもこのように就業規則六〇条一三号該当案件が発生するのではなかろうかとの疑問が提出された。そこでこれについて再び適正化委員会において協議が行なわれ、その結果昭和四六年四月二八日の委員会において私金取扱いについて乗務員等に対し教育指導を再度行なったうえ、私金取扱いの手順を遵守することを確約させ、「私金の証明」が今後厳格に解されることを再度周知徹底させるため乗務員等に対して本件確認書に押印を求めることが決められた。

被告会社が確認書に押印を求める趣旨は(1)確認書第一項乃至第三項は従来から確認され、実行されていた所持品の範囲を一層明確にすることを含めた私金の取扱いについて教育指導を受けたとおり実行することを確約させること。(2)同第四項は「私金の証明」について同項記載のとおり教育指導を受けた旨確認させることにあった。

(五) 被告会社は昭和四六年四月三〇日営業所長会議を開催して前記再教育指導ならびに再周知徹底についての委員会の決定を伝えて指導し、乗務員等に対しては昭和四六年六月末日までに営業所毎に業務常会における指導若しくは個別指導を行なったうえ、確認書に押印を求めることを指示した。被告会社は後に文書により確認書と同趣旨を表明したものは、押印したものとみなすことを指示した。

右により被告会社は昭和四六年五月上旬から営業所毎に乗務員等に対する教育指導を順次開始し、原告に出勤禁止を命じた同年七月三一日には乗務員等のうち原告を含む二名を除く全員(約一〇、二〇〇人)が確認書に押印するか、もしくは文書により確認書と同趣旨を表明した。(他の一名はその後確認書に押印した。)

(六) 原告は昭和三八年一二月以降実施されていた「私金不携帯誓約書」に昭和四四年一〇月四日から同年一一月一日まで出勤時に正当な理由なく捺印を拒んだので、被告会社は原告に対し昭和四五年一二月一七日出勤停止一〇日の懲戒処分をなした。原告は右処分決定後間もなく同年一二月二〇日から昭和四六年七月一四日まで病気欠勤、傷病休職となったため、被告会社は原告に対する右処分を昭和四六年七月一五日から同月二四日までの一〇日間として執行した。そのような事情から原告に対しては右処分執行後の七月二五日から戸畑営業所において、奥江指導助役が日常業務の手順、路線等について個別に教育指導を始め、同月二七日から同月二九日まで(同月二六日は原告の週休日)同営業所において所長賀元武もしくは主任斉藤彰が、同月三〇日、三一日は北九州営業局において自動車運輸課保安係長中哲が、それぞれ確認書の内容について教育指導を行なったうえ、確認書に押印するか、もしくは確認書と同趣旨の文書を提出するよう指示したが、原告はいづれもこれを拒否した。

更に同年八月一九日、二〇日には北九州営業局において総務課労務係長吉瀬英章が出勤禁止中の原告に対し右と同様な指導説得を行なったが、原告はこの時もまた確認書への押印も確認書と同趣旨の文章の提出も拒否し、確認書第一ないし第三項を遵守するとの確約をしなかった。

(七) 原告の個人的意見は如何であれ、被告会社、組合間で協議決定した方策に反対し、上長の指示に従わず、乗務員等としての義務の履行を確約しないという原告の以上の所為は就業規則第六〇条三号「上長の職務上の指示に反抗しもしくは会社の諸規定通達などに故意に違反し、または越権専断の行為をしたとき」又は同条一五号「前条各号の一つに該当しその情状が重いとき」(第五九条三号「正当な理由なく上長の職務上の指示、会社の諸規程、通達などに従わなかったとき」)に該当する。

よって、会社は同年七月三一日懲戒解雇の前提として原告に対し八月一日以降の出勤禁止を命じたのである。

2  その他の就業規則違反行為について

(一) 原告は以上のとおり確認書に対する押印を拒否し、確認書第一ないし第三項を遵守するとの確約をなさず指導を受けたことを確認しなかったほかに次のような諸行為を行った。

(1) 昭和四六年七月八日戸畑営業所事務室で賀元所長と斉藤主任が自動車車掌岩崎利恵子に対し確認書についての指導説得を行なっていた際、傷病休職中のため会社を休んでいた原告が入って来たので同主任が退去するよう命じたが、原告はこれに従わず会社の業務を妨げた。

(2) 同月一九日原告は出勤停止処分中にもかかわらず、被告会社の許可なく背中に「乗務禁止を解け、白谷、大谷線ワンマン反対」と書いたゼッケンをつけ同営業所乗務員控室において本件確認書への押印反対を組合員に訴えるビラを配布した。それを見た賀元所長がビラ配付の制止および退去を命じたが、原告は退去しなかった。

(3) 同月二二日原告は出勤停止処分中にもかかわらず同営業所に来所し、自動車運転士小畑寛士、同高島民雄、前記岩崎利恵子と共に同営業所事務室において、賀元所長に対し右小畑寛士、岩崎利恵子に対する出勤禁止命令(確認書押印拒否を理由とする)が不当であると抗議した。

(4) 同月二三日原告は出勤停止処分中にもかかわらず、被告会社の許可なく同営業所乗務員控室において本件確認書への押印を求める会社の施策に反対し、押印拒否者に対する出勤禁止処分に抗議する趣旨の二種類のビラを配付し、さらに同日前記三名および石田啓記とともに賀元所長に対し、前日同様の抗議を行った。

(5) 同月二八日原告は就業時間中同営業所三階勤務宿泊所で下着(ランニングシャツ、ステテコ姿)だけになって寝ていた。それを見た長浜助役が制服を着用し乗務員控室で待機するよう指示したところ、原告は処分するならばすればよいではないかと言って反抗し指示に従わなかった。

(6) 同月二九日原告は被告会社の許可なく同営業所乗務員控室において被告会社の配転計画及び本件確認書への押印を求める施策に反対するビラを配付し、永留助役より注意を受けた。

(7) 同年八月七日原告は出勤禁止中にもかかわらず被告会社の許可なく同営業所乗務員控室において前記(4)のビラと同趣旨のビラを配付し、またデモ隊の先頭に立って確認書粉砕を叫びながら同営業所構内に侵入し、賀元所長等の制止にもかかわらずジグザグデモを繰り返し、さらに同構内出庫口付近で演説を行った。賀元所長等がバス出庫の妨害になるので演説の中止と構内よりの退去を再三にわたり指示したが、原告はこれに従わず、演説終了後ようやく退去した。このため約四〇分の間バスの発着は妨害を受け、バス四、五台が四、五分遅れで出庫するのやむなきに至り、業務に支障をきたした。

(二) 原告の右(1)、(3)、(5)の各行為は前記就業規則六〇条一五号(五九条三号)に、右(2)、(4)の各行為は同規則六〇条一五号(五九条三号、同条一六号「許可なく業務以外の目的で文書を掲示、もしくは配布したとき」)に、右(6)の行為は右六〇条一五号(五九条一六号)に、同(7)の行為は前記就業規則六〇条三号にそれぞれ該当する。

3  以上の事実及び情状を考え合わせ、会社は昭和四六年八月二〇日労働協約所定の手続きに従い当時原告が所属していた組合に原告を就業規則六〇条三号、六〇条一五号(五九条三号、五九条一六号)により諭旨解雇に処する旨の提案を行ない、組合より同年一〇月二二日付で会社提案を承認する旨の回答を得たので、会社は同日付で原告を諭旨解雇に処したものである。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1の(一)の事実のうち、被告会社就業規則に被告主張の各規定が存在すること、乗務員等が勤務につく前に各人に私金を持っていないことを確認させ、私金を持っていない旨の誓約書に押印させていること、昭和五一年九月に就業規則六〇条一三号の改正が行われたこと、昭和四五年二月に北九州営業局八幡営業所において集団チャージ事件が発生したことは認めるが、その余は争う。

(二)  同(二)の事実のうち被告会社及び組合の各告示文が掲示されたこと、被告会社から乗務員等の家庭に対し協力依頼の文書が送付されたことは認めるが、その余は知らない。

(三)  同(三)の事実のうち、被告主張のとおり就業規則の内容が変更されたことは認めるが、その余は争う。

(四)  同(四)の事実は争う。

被告会社が原告に対し本件確認書に押印を求めた際における被告会社の趣旨説明は、本件確認書の第一ないし第四項についてはいずれもその遵守を求めるものであるという内容であった。

(五)  同(五)の事実のうち、原告が本件確認書に押印しなかったことは認め、その余は争う。

(六)  同(六)の事実は認める。

(七)  同(七)のうち被告会社就業規則に被告主張の各懲戒規定が存在することは認めるが、その余は争う。

2(一)  同2の(1)の事実のうち、原告が賀元所長と斉藤主任が岩崎利恵子に対し本件確認書に関し指導していたとき事務室に入室したことは認めるが、その余は争う。

原告は黙って傍にいただけで被告会社の業務を妨害する行為は何ら行っていない。

(二)  同(一)の(2)、(3)、(4)、(6)の各事実は認める。

原告の右各行為はその趣旨、態様からみて何ら本件処分に値しないものである。すなわち、これら一連の行為は原告とともに本件確認書に署名押印を拒んでいる同僚に対してされた出勤禁止処分に対する抗議行為であって正当な労働組合活動であり、かつビラを配布することは労働組合活動の一環として通常行われており、業務員控室でのビラの配布は慣行として黙認されていたものである。

また、ビラ配布時には原告自身は勤務時間外であったものであり、配布に要した時間も短時間である。

(三)  同(一)の(5)の事実のうち原告が被告主張の日時場所でランニング、ステテコ姿で寝ていたことは認めるが、その余は争う。

本件、勤務宿泊所は三階に位置し、昼間は乗務員等の仮眠所に使用されており、当時乗務員は暑さを避けるため仮眠、休息の際には上着等を脱いでおり、このようなことは許されていたものである。しかも、当時原告は本件確認書の指導を受ける以外には原告の本来の職務である乗務はさせられておらず、そのときは右指導の時間まで控室に待機するよう指示されていたものである。右事情のもとでは原告の行為は本件処分に値する規律違反行為とはいえない。

(四)  同(一)の(7)の事実のうち、原告らデモ隊が営業所構内に侵入したこと及びバス出庫が遅れて業務に支障が生じたとの事実は否認する。

(五)  同2の(二)のうち、被告会社就業規則に被告主張の各懲戒規定が存在することは認めるが、その余は争う。

3  本件確認書への押印拒否行為についての原告の主張

(一) 被告会社は昭和四六年四月九日就業規則六条及び七条を抗弁1の(三)記載のとおり変更し、また出勤停止処分以下の懲戒処分事由を定めた同規則五七条一七号に「私金携帯を禁止されている者が勤務中私金を携帯したとき」とあるのを「第六条の遵守義務あるものが所定の手続を怠り、私金を携帯もしくは所持したとき」と、諭旨解雇又は懲戒解雇事由を定めた六〇条一三号に「私金携帯を禁止されている者が勤務中私金の証明のつかない金銭を携帯したとき」とあるのを「第六条の遵守義務のある者が私金の証明のつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」と変更した。

被告会社が従業員に対し本件確認書へ押印を求めるのは、同第一項は右就業規則六、七条の変更について、同第二項ないし第四項は同規則六条、五七条一七号の変更についてそれぞれ個別的に従業員の同意を得ようとするものにほかならないが、次に述べるとおり右就業規則の変更は、労働者の同意を得ることなく乗務員等の服務規律に不合理な変更を加え、同人らに一方的に不利益を与えるものであるから無効であり、したがって、原告は右就業規則の変更に同意して本件確認書に押印すべき義務はない。

(1) すなわち、右就業規則六、七条が変更されたことにより私金の所持等が禁止される場所的範囲及び所持品検査の対象となる範囲が「身につけている」範囲から担当箱自家用車等に拡大された。しかし、そもそも被告会社が勤務時間中乗務員等に対し私金の所持等を禁ずるのは乗車賃の横領を防止することにあるが、それは他方において乗務員等の私的活動に重大な制約を加えるものであるから、その範囲は右目的達成のため必要な最少限度に限定されるべきところ、右目的のためには乗務開始時と乗務終了時に金銭所持の有無について確認手続がとられれば足り、一定の場所を決めて私金の所持を一般的、包括的に禁止する必要はないというべきであり、また仮にその必要があるとしてもせいぜい「身についている」範囲に限定すれば足り、担当箱、自家用車にまで私金を置くことを禁じ、これを検査の対象とするのは必要な範囲を超えたものであり、まして、これに準ずる場所内に関してはいうまでもないことであって、右規定の変更は合理的な理由なく従業員に不利益を強いるものである。

(2) また乗務員等は、従前私金を持って出勤した場合所属責任者に預けなければならないとされていただけであったのが、右就業規則六条、五七条一七号の変更により新たに別に定められた私金の取扱い手順の遵守すなわち私金の所持の有無を確認したうえ、私金不携帯誓約書に押印して乗務することを義務づけられることになった。ところで、右手続を履践することは、前記就業規則六〇条一三号の適用上乗務員等が勤務中金銭を所持していることを発見された場合当該金銭がチャージした金銭であるとの、乗務員等からの反証が極めて困難となるような事実上の推定力が働く結果をもたらすことになる。このように右六〇条一三号の「私金の証明」を封殺する結果をもたらす右就業規則の改正は合理的理由なく、一方的に従業員に不利益を課すものといわなければならない。

(3) なお原告が本件確認書への押印を拒否した時点では組合は前記就業規則の変更について完全なる同意を与えていなかった。

すなわち、被告会社から福岡労働基準監督署に昭和四六年四月一二日付で提出された就業規則一部変更の届出には組合執行委員長名義の昭和四六年三月四日付組合意見書が添付されている。しかし、右意見書が組合中央委員会で承認されたのは、本件処分がされた後である昭和四六年九月三日及び四日の両日にかけて開催された第一三回中央委員会においてであった。

(二) 仮に前記就業規則の変更が従来の各規定の解釈運用を規定上明確にするものにすぎないとしても、就業規則で乗務員等の私金携帯を担当箱及び自家用車内においても禁止しそこを検査の対象とするのは前述したとおり著しく不合理で許されないというべきであるし、また就業規則六〇条一三号で乗務員等が所持する金銭が私金であるとの困難な立証を乗務員等にさせることにしているのがそもそも公序良俗に反し無効というべきであるし、そうでないとしても少くともその解釈を厳格にし、家族等の単なる証言は私金の証明とはならないとするなどは著しく不合理であって、そのような解釈は誤りである。

しかして、本件確認書の第一ないし第三項は右就業規則の解釈を前提とした私金の取り扱いにつきその実行の確約を求めるものであるから、原告はこれを確約する義務はなく、また、第四項は就業規則六〇条一三号が右のとおり厳格に解釈されることの確認を求めるものであるから、この点についても原告は確認する義務がない。

(三) 仮に右(一)、(二)の各主張が認められないとしても、原告は組合の活動家として被告会社の乗務員に対する所持品検査には行き過ぎが多く、人権侵害のおそれがあるとの感を抱いていたものであり、本件確認書への押印を拒否したのも本件確認書の内容が乗務員等に対する服務規律を従来より厳しく乗務員等に不利益に変更する内容のものであり、そのことは自己の権利を著しく侵害するものであるとの認識を持っていたからであるが、右確認書の内容の法的評価は最終的には専門的知識をもってしなければならないむずかしい問題であるから、原告が右のような認識を持ったとしてもやむを得ないというべきであること、被告会社から原告に対しては本件確認書への押印にかえて理由書の提出で足りるという申し入れがあったので、原告は書面で本件確認書に押印できない理由を具体的に述べ、私金不携帯誓約書には押印し、また被告会社が講じているチャージ防止のための具体的措置はこれを遵守する旨回答していること、被告会社が本件確認書に従業員の押印を求める目的は、チャージ防止のための就業規則の規定の周知徹底とその遵守を確約させることにあるが、原告は右規定については被告会社から十分な説明を受けたから、周知徹底の面では目的が達成されていること、被告会社はその後前記就業規則六〇条一三号を廃止するに至っており、本件確認書第四項につき確認を求めた趣旨は既に失われていること、原告が本件確認書への押印を拒否したことにより具体的に被告会社の企業秩序に混乱が生じたなどの事実はないこと等諸般の事情を考慮すると本件処分は重きに失し、解雇権を濫用したものであるというほかはない。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

また、(証拠略)によれば、被告会社は抗弁1、2記載の理由により原告を出勤禁止、及び諭旨解雇にしたことが認められ、被告会社就業規則に右抗弁1、2記載の各懲戒規定が存在することは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件諭旨解雇が有効か否かについて判断する。

1  本件確認書への押印拒否の事実について

原告が本件確認書への押印を拒否したことは、当事者間に争いがないので、以下原告の右行為が就業規則六〇条三号、同条一五号(五九条三号)に該当するかどうかについて検討する。

(一)  被告会社就業規則上私金の取扱いについて被告主張(抗弁1の(一))の各規定が存在し、乗務員等が勤務につく前に各人に私金を持っていないことを確認させ、私金を持っていない旨の誓約書に押印させていること、昭和四五年二月北九州営業局八幡営業所において集団チャージ事件が発生したこと、被告主張(抗弁1の(三))のとおり被告会社及び組合の各告示文が掲示され、被告会社から乗務員等の家庭に対し協力依頼文書が送付されたことは、当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告会社においては、電車、バス等による乗車賃が収入の根幹をなすものであって、乗務員等による乗車賃の不正領得は看過できない会社財産侵害行為であるから、就業規則に前記被告主張(抗弁1の(一))のとおりの不正領得行為の防止のための諸規定を設け、所持品検査を行い、違反者は厳重に処分するなどしてその防止に努力してきた。それにもかかわらず不正領得行為のため懲戒処分に付される者はあとを絶たず、昭和四五年二月には八幡自動車営業所において乗務員による集団チャージ事件が発生したため、被告会社は世間から批判され、その社会的信用は著しく失墜した。右事件を契機にして被告会社及び組合は不正領得行為の防止と失墜した信用回復に努めるべく適正化委員会を設け、収入金取扱いに関する業務改善等の問題について協議、決定をし、これを実施することになった。そして右委員会における協議の結果昭和四五年一〇月二八日同年内に前述乗務員等の勤務につく前の私金取扱いの手順の遵守義務並びに就業規則六〇条一三号「私金の携帯を禁止されている者が、勤務中私金の証明のつかない金銭を携帯したとき」の「私金の証明」が今後厳格に解される旨の周知徹底を行うことが決められ、これに基づき被告会社は電車、自動車の各局長名による右内容の告示文を掲示し、乗務員等及びその家族に協力依頼の文書を発送し、組合も同趣旨の告示文を掲示し、乗務員等に対して周知徹底を図り、チャージ防止策に対する協力を求めた。

(2) しかし、その後も昭和四六年一月から二月にかけて河原事件、今住事件、坂田事件と所持品検査の結果乗務員等が金銭を所持しているのが発見されるという事件が相次ぎ、被告会社は就業規則六〇条一三号該当案件として右各人につき組合に懲戒解雇を提案した。ところで、これら案件を審議する労使協議会においてこのような事件が相次ぎ発生するのは、いまだ私金の取扱いの手順を遵守すること並びに右規定における「私金の証明」が厳格に解されることについての周知徹底が不十分なためではないかということが議論となり、これを受けて再び適正化委員会が開かれ、右問題につき協議がされた結果、前回とは異なり、今回は私金の取扱いについて乗務員等個々人に対して教育指導を行ったうえ、私金取扱いの手順を遵守することを確約させ、就業規則六〇条一三号の「私金の証明」ということが今後厳格に解されることについても乗務員等個々人につき再度周知徹底させることが決定され、その上で被告会社は本件確認書に乗務員等の押印を求めることとし、組合側の了解を得た。そして被告会社は周知徹底が不十分であったことを考慮し、前記解雇提案を取下げ、前記各人に対する処分を出勤停止一〇日の処分に変更した。

(3) 被告会社は同年四月三〇日営業所長会議を開き適正化委員会における決定の趣旨を説明し、各営業所においてその内容を実施するよう指示し、この指示を受けて原告の所属する戸畑営業所では同年五月二二日から業務研究会においてあるいは個人指導という形で乗務員等に対する私金取扱いについての教育指導が行われ、所長が各乗務員等に本件確認書への押印を求めた。そして被告会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、その第一ないし第三項については、それを遵守することを確約させ、第四項については、その旨教育指導を受けたことのみを確認させるということであり、乗務員等に対してもその旨説明がされた。また、右確認書の形式を問題にしてこれに押印するのを拒否する者がいたので、被告会社は後に書面により確認書と同趣旨を表明したものは、押印したものとみなすこととした。

(4) 原告は私金不携帯誓約書への押印を拒否したという本件とは別の理由により昭和四五年一二月一七日出勤停止一〇日の懲戒処分を受けたが、その後間もなく同年一二月二〇日から昭和四六年三月まで腰痛のため病気欠勤し、同年三月二〇日から七月一四日までは病気休職となった。そして同年七月一五日からは前記出勤停止処分の執行を受け、結局原告は同年七月二五日から再び勤務につくようになった。もっとも、原告は退院後復職までの間は体をならす必要もあって、戸畑営業所へ食事や入浴をしに出てきており、その折に本件確認書のことなど耳にしていた。

原告は同年七月二七日に賀元所長に呼ばれ、斎藤管理主任立会のもとに本件確認書につき説明を受け、押印を求められたが、説明が納得できないとして押印を拒否した。翌二八、二九日にも賀元所長らが原告に対し押印するよう説得を続けたが、原告がこれに応じなかったので、同所長はその旨北九州営業局に報告した。この報告を受けた北九州営業局では同年七月三〇日、三一日の両日にわたり自動車運輸課の中保安係長が原告を呼んで押印するよう説得を行ったが、原告は、確認書というような文書は本来当事者双方が話し合い合意に達した事項について作成するものであり、会社側が一方的に確認書という形式の文書を作り、命令ということでそれへの押印を義務づけるのは疑問である、本件確認書第一、第三項は施設管理権の及ぶ範囲ないしこれに準ずる場所における担当箱、自家用車についても金銭の所持を禁止し、そこを所持品検査の対象とする内容になっているが、それは従来の規制を拡大強化するもので憲法三五条違反の疑いもあり、認めることはできないなどの見解を述べて押印を拒否し、押印に代え同趣旨のことを表明する書面の提出も拒否した。そこで被告会社は原告の右押印拒否の行為は就業規則六〇条三号、又は同条一五号(五九条三号)に該当すると判断し、同年七月三一日懲戒解雇にする前提として原告に対し同年八月一日以降出勤禁止を命じた。

(5) これに対し原告は中係長に宛て原告の見解を表明した文書を内容証明郵便で送付してきたので、北九州営業局総務課の吉瀬係長は右文書の内容について本人に確めるべく、また右出勤禁止命令後原告が飜意したことを期待して同年八月一九日、二〇日の二日間原告と話合いの機会を持ったけれども、原告の最終的回答は、本件確認書に押印はしない、同趣旨を表明する文書の提出にも応じないということであった。被告会社の乗務員等で本件確認書への押印に最後まで応じなかったのは原告ただ一人であった。

以上の事実が認められる。

(二)  右認定によれば、被告会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、第一ないし第三項についてはその内容となっている私金取扱いの手順の遵守を確約させるというものであったと認められる。

そこで、被告会社の就業規則において乗務員等の私金の取扱いがどのように規制されていたかをみるに、被告会社の就業規則六条が「所定の職務に従事する者は、勤務中私金を携帯してはならない。私金を持って出勤した場合は、ただちに所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲は別に定める。」と、同規則七条が「社員が、業務の正常な秩序維持のためその所持品検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と規定していたことは、前記認定のとおりであるが、(証拠略)によれば、被告会社では乗務員等によるチャージ行為があとをたたないが、チャージした金銭の隠匿場所としては担当箱や自家用車も含め様々な場所が利用されていること、そのような実情から、被告会社は従来から所持品検査に関しては安全地帯を作らないとの方針のもとに右就業規則六条により乗務員等は勤務中私金を身につけることはもちろん、会社施設内の相当箱、自家用車等に私金を所持することも禁止されるものと解釈し、その旨乗務員等に指導教育をなし、所持品検査もその範囲について行ってきたこと、適正化委員会において組合は右会社の方針及び就業規則の解釈を再確認し、これを了承しており、また、営業所ごとに労使が協議して会社施設近くにある駐車場を会社施設に準ずる場所として指定した場合には乗務員等はその場所にある自家用車等に私金を所持することを禁止され、そこも検査の対象とすることが労使双方で確認されたこと、一方右委員会において組合から、右六条の「携帯してはならない」ということの文字通りの意味は「身につけてはならない」というにすぎないから、もし金銭所持を禁止する場所及び所持品検査の範囲を被告会社のように解釈して規制を続けていくのであれば、規定の文言をそれに合うように改めるべきではないかとの指摘がされ、そこで被告会社は検討の結果右六条を「所定の職務に従事する者は勤務中私金を携帯もしくは所持してはならない。私金を持って出勤した場合には、ただちに、所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲および私金の取扱いについては別に定める。」と、同七条を「社員が業務の正常な秩序維持のためその携帯品および所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と、また右義務違反に対する懲戒規定の文言も右に統一して改正し、その他の若干の改正とも合わせ昭和四六年一月一日から実施することとして従業員にこれを告知したこと、前記「会社施設に準ずる場所」は今日に至るまで指定された例はないことが認められる。前掲(証拠略)のうち右認定に反する部分はにわかに措信できない。

しかして、被告会社が乗務員等による乗車賃の不正領得の防止のため改正前の就業規則六条、七条を右認定のとおり解釈運用することは必要やむを得ない措置として合理性を有すると考えられる(ただし所持品検査は、人権侵害のおそれを伴うのでこれを必要とする客観的事情がある場合に相当な方法、程度において行われるものでなければならない。)。

右認定によってみれば、本件確認書第一ないし第三項は従来から就業規則六条に基づき乗務員等に課されている私金取扱上の義務及びこれに附随して守られるべき私金取扱の手順を周知させ、その義務の遵守を確約させる趣旨のものであって、原告主張のように右就業規則の規定を一方的に変更して私金の所持を禁止する場所及び所持品検査の範囲を拡大したうえ、それにつき個別に労働者の同意を得ようとするものではないということができる。そうすると、原告は本件確認書第一ないし第三項についてその遵守を確約する義務があるというべきである。

(三)  次に前記認定によれば、被告会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、その第四項については、その旨教育、指導を受けたことのみを確認してもらうということであったと認められる。

ところで、使用者が従業員に対し職務上の事柄につき教育指導を実施し、各従業員がその教育、指導を受けたことの確認をとるための方法として各従業員に対しその旨記載した書面に押印を求める場合には、各従業員は、それに押印することにより故なく不利益な効果を受けるという特別な場合を除いてその教育指導内容の当否を問題にして押印を拒むことはできないというべきである。本件の場合就業規則六〇条一三号の規定の解釈について教育指導がされたわけであるが、その内容の当否はともかく、原告がその教育指導を受けたことを確認する趣旨で本件確認書に押印することにより格別不利益な効果を受けるものとは認められず、原告は本件確認書第四項について指導教育を受けたことを確認する義務があるといわなければならない。

以上によると、原告は本件確認書に押印する義務があるというべきであり、本件確認書に押印しないことに正当な理由があるとはいえず、原告の右行為は就業規則五九条三号「正当な理由なく上長の職務上の指示に従わなかったとき」及び六〇条三号「上長の職務上の指示に反抗し」に該当するといわなければならない。

(四)  しかしながら、(証拠略)によれば、原告は、被告会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、その第一、第三項については、私金所持を禁止し、所持品検査を行う範囲を会社施設内及びこれに準ずる場所における本人の占有する担当箱や自家用車等にまで拡大することとして就業規則を前記のとおり改正したうえ従業員に対し個別にその遵守を約束させようとすることに外ならないが、そもそも右のような範囲についてまで所持品検査を行うのは、乗務員等の基本的人権を侵害するもので許されないと考えていること、賀元武所長ら上司は本件確認書に押印を求める際の教育指導において被告会社は必要とあればいつでも右担当箱や自家用車等の検査ができるなどといった説明をし、原告には右説明は納得のいかないことと考えられたこと、原告は就業規則六〇条一三号は、乗務員等が勤務中金銭を所持していてそれが私金であるとの証明をすることができない場合に公金を不正領得した場合と同様懲戒解雇という重い処分を課する規定で合理性がないと考えていること、被告会社は今後右規定は「厳格に解釈される」との方針を明らかにし、その意味について家族の単なる証言では私金の証明にはならない、私金の証明がされたというためには、たとえば家族等が現金を手渡したことの外所持していた現金がその現金と同一のものであることが証明されなければならないなどと説明したが、そのような解釈は乗務員等の側の立証を事実上不可能にするもので原告には理解できないものであったこと、そして本件確認書に押印することは第四項に関しては右会社の解釈を容認したものと受け取られ、何らかの不利益な効果を受けるおそれがあると感じたこと、原告は以上のような理由から本件確認書に押印することを拒否したが、前記中保安係長、吉瀬労務係長に対し本件確認書第二項は遵守する、第四項についてはその旨指導を受けたことのみは確認する旨述べ、それを書面にして右中保安係長宛提出していることが認められる。

右認定によれば、本件確認書第一、第三項の趣旨についての原告の認識は前記認定に照らし誤っているといわなければならないが、会社施設内の本人の占有する担当箱や自家用車等につき所持品検査をすることが許されるとしても、一方乗務員等においても故なく私物につき検査を受けない自由が認められるべきであるから、検査は合理的理由がある場合に相当な方法と程度においてされる限りにおいて許されるというべきであって、たとえば自家用車の検査は会社が必要と認めるときにいつでもできるというものではなく、乗務員等が不正領得した金銭を自家用車内に持ち込んだことを疑わしめる客観的な事実が認められる場合にのみ許されるものと解すべきである。したがって、これら本件確認書の第一、第三項に密接に関連する問題についての被告会社側の従業員に対する説明は妥当を欠き、原告がその説明を納得いかないものと感じたのも一応もっともなことといわなければならない。更に就業規則六〇条一三号は乗務員等が勤務中私金の証明のつかない金銭を所持していた場合には公金を不正領得した場合と同様懲戒解雇という重い処分を課すという規定であって、少くとも被告会社のいうようにそれが文字通り厳格に解釈、適用されるとすれば不合理といわなければならず、被告会社の右規定の解釈に対する原告の批判は一応もっともな点があるというべきである。もっとも被告会社は本件確認書第四項はその旨教育、指導を受けたことを確認する趣旨で押印してもらえば足りるというのであるが、本件確認書冒頭には「本日、所長より個人面接で、下記事項について指導を受け理解しました」という記載があり、その下に第一項から第四項までが掲げられ、第一ないし第三項と第四項とで押印を求める趣旨が異なることは右確認書自体からは明らかでないのであって、右第四項に批判的な見解を持つ原告が、右確認書に押印すれば同第四項を承認したものと受けとられるなど何らかの不利益な効果を受けるのではないかとの不安を感じたのは客観的にみても無理からぬ面がある。

以上みたとおり本件確認書は就業規則六条、七条、六〇条一三号の解釈に関する困難な法律問題を含んでいるうえ、この点についての被告会社側の教育、指導内容には相当でない部分が含まれ、本件確認書第四項については文言の内容と会社のいう押印を求める趣旨が一致していないのであって、原告が本件確認書に関して抱いた疑問には一応首肯できる面があり、これらの点に原告は本件確認書に代わるべき理由書は提出していないものの、押印できない理由はその都度述べ、本件確認書第二項については遵守する旨、同第四項についてはそのとおり指導を受けたことのみは確認する旨を書面にして指導に当たった中保安係長宛に提出していることを考え合わせると、原告が本件確認書に押印を拒否したことを強く非難するのは酷であり、右は六〇条一五号上長の職務上の指示に従わず、「その情状が重いとき」には該当せず、六〇条本文の但書を適用すべき場合に該当すると思われる。

2  その外の就業規則違反行為について

(一)  昭和四六年七月八日賀元所長と斉藤主任が戸畑営業所事務室で自動車車掌岩崎利恵子に対し本件確認書についての指導説得を行っていたときに、傷病休職中であった原告が入室した事実は、当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、斉藤主任が原告に退去するよう命じたが、原告はこれに従わなかったことが認められる。

右行為は就業規則五九条三号に該当するといえるが、原告は休職中で、その時は勤務があったわけではなく、(証拠略)によれば、原告は入室中黙って傍で話を聞いていただけで、口をさしはさむなどして右指導を妨害する行為は何ら行っていないことが認められ、このことを考え合わせると右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為とは認められない。

(二)  原告につき抗弁2の(2)ないし(4)、(6)の各事実があったことは、当事者間に争いがない。

右はいずれも主として従業員に対し本件確認書への押印を求める被告会社の施策並びに右確認書への押印拒否者に対しされた処分を不当とする抗議行動であるが、少くとも、出勤停止処分中にもかかわらず出社したり、右会社の施策に抗議したりする行為は、職場の秩序を乱すものであり、右(2)、(4)の各事実は就業規則五九条三号、同条一六号に、右(3)の事実は同規則五九条三号に、右(6)の事実は同規則五九条一六号に該当するということができる。

しかしながら、(証拠略)によれば、ビラの配布がされた乗務員控室は、乗務員が待機、休憩する場所で雑談するなどしてくつろぐことが許されているところであること、配布に要した時間はいずれも短時間であり、右(6)のビラ配布は午前九時からの勤務時間前にされていることが認められるのであって、ゼッケンをつけたり、ビラを配布したりした行為が被告会社の業務運営に直接支障を与えたとは認められない。また、本件確認書へ押印を命ずることが適法なものとしても、その前提となる教育指導内容等に相当を欠く面があったことは前述したとおりであり、したがって、右確認書への押印拒否を理由にしてされた他の乗務員に対する出勤禁止処分の相当性も原告の場合(原告に対する出勤禁止処分の効力については後述する。)と同様問題があったとみられる。右の点を考えると原告の右各抗議行動はいずれもいまだ本件解雇に値するほど重大な規律違反行為ということはできない。

(三)  原告が昭和四六年七月二八日就業時間中戸畑営業所三階の勤務宿泊所で下着(ランニングシャツ、ステテコ姿)だけになって寝ていたことは、当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、当日原告は予備勤務を命ぜられており、そのときは乗務員控室で待機するようにいわれていたこと、右宿泊所は早朝勤務の者や夜間勤務で自宅に帰えれない者が宿泊し、あるいは昼休勤務の者が仮眠する場所で、それ以外の者が勤務時間中そこで仮眠をとったりすることは許されていないこと、長浜助役は原告が右宿泊所で寝ているのを発見したので「乗務員控室で待機しとかんか。」と言ったところ、原告は「仕事せんのに、営業所構内であればどこにいてもいいじゃないか。」と言葉を返えし、反抗的な態度をとったことが認められる。原告の右行為は就業規則五九条三号に該当するということができる。

しかしながら、(証拠略)によれば、原告は当日本件確認書についての指導説得を受けることになっており、乗務につくことは予定されていなかったこと、右指導説得がされたのは午後三時からであって、原告は上司からそれまで乗務員控室で待機するよう言われていたが、特に仕事は与えられておらず、何もなすこともないので、暑さを避けるためもあって宿泊所で寝ていたことが認められる。右によれば原告の行為により業務上の支障は生じていないとみられ、原告が置かれていた特殊な立場を考え合わせれば、原告の右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為ということはできない。

(四)  (証拠略)によれば、原告は各従業員に対し本件確認書への押印を義務づける被告会社の施策並びに右確認書への押印拒否者に対してされた出勤禁止処分等に抗議するためこれを支持する同僚や地域の労働者らと昭和四六年八月七日国鉄戸畑駅から戸畑営業所に向けてデモを行うことを計画し、その旨警察に届出たこと、そして当日原告は被告会社の許可なく勤務時間前戸畑営業所乗務員控室において短時間右抗議の趣旨を記載したビラを配布し、その後戸畑駅前で右労働者ら四、五〇名と集会を持ち、午後一時五分ころ戸畑営業所に向けデモを行ったこと、営業所前には警察機動隊が待機しており、バス出庫口には北九州営業局の労務関係職員二、三〇名がピケットをはっていたが、デモ隊は出庫口前でジグザグデモを行ったうえ、ピケ隊の制止を押しのけて構内に一〇メートル程入りこみ、三、四分間ジグザグデモを行った後構外に出て、原告らが営業所前道路上で営業所内に向って抗議演説を行ったこと、その間所長、助役らが営業所前でのデモ、抗議演説の中止要請を何度もしたが、聞き入れられず、この騒ぎのため四、五台のバスの出庫が予定より数分遅れたことが認められる。

しかして、原告の右ビラの配布行為は就業規則五九条一六号に、また所長らの制止を聞かず営業所内及びその前の道路上でデモを行い、抗議演説をした行為は就業規則五九条三号に該当するというべきである。しかしながら、ビラの配布行為については前記(二)において述べたのと同様のことがいえる。また、デモ等の行為については、被告会社に混乱を与えた責任は否定できないが、構内に入ったのはわずか三、四分間でバスの出庫にも若干の支障が生じたにすぎないし、デモ等により訴えようとした抗議の趣旨には前記(二)において述べたようにもっともな面があると認められる。したがって、原告の右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為ということはできず、就業規則六〇条三号に該当するということはできない。

3  次に、原告の前記諸行為を全体としてみた場合に本件諭旨解雇に値するかどうかをみるに、弁論の全趣旨によれば本件諭旨解雇の主たる理由は本件確認書への押印拒否行為であると認められるが、それが右処分に値しないことは前述したとおりであって、このことに前記各行為に関して認定した前記諸事情を考え合わせると、原告の前記各行為は全体としてみてもいまだ本件諭旨解雇に値するものとはいえない。

してみると本件諭旨解雇は理由を欠き無効といわなければならない。

三  被告会社が昭和四六年七月三一日原告の本件確認書への押印拒否行為を理由に就業規則八条七号に基づき原告に対し本件出勤禁止処分を行ったことは前記認定のとおりである。そこで、右処分が有効か否かについて判断する。

ところで、右規則八条七号の規定の趣旨は、懲戒事由がある従業員を懲戒手続未了の間に就労させることが職場の秩序維持、対外的信用保持の上から好ましくない場合これを一時職場から排除することにあると解される。そして、右出勤禁止の期間については何ら制限が設けられていないので、それは懲戒処分が決定するまで継続することが可能であり、その期間は四ケ月以上に及ぶことが考えられる(<証拠略>により認められる労働協約三四条参照)。また右労働協約及び(証拠略)により認められる給与規則によれば、従業員はその期間中平均賃金の六〇パーセントしか支給されず(労働協約一二七条、給与規則三一条)、更に(証拠略)によれば、従業員は出勤禁止一日につき一定の割合により昇給額及び賞与の額を減額されるものとされている。右規定の趣旨並びに出勤禁止処分により従業員は右のような多大な不利益を強いられ、その不利益は前記就業規則五八条に規定されている懲戒処分のうち解雇を除くその余の懲戒処分に伴う不利益より大きいという結果も生じてくる(諭旨解雇に次ぐ懲戒処分は出勤停止であるがその期間は最高一〇日間にすぎず、これに伴う不利益はその期間賃金が支払われないことの外、<証拠略>によれば昇給及び賞与に関し出勤禁止の場合と同様の取扱いを受けるにとどまる。)ことを考え合わせると、右出勤禁止は諭旨解雇以上の懲戒処分が十分予想される場合においてのみ、これを課することが許されるものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると、本件出勤禁止処分に至る経緯並びに被告会社が原告の右押印拒否行為を諭旨解雇又は懲戒解雇事由に該当するものとして右処分を行ったものであることは、前記認定のとおりである。しかしながら、原告の右行為が諭旨解雇処分に値しないものであることは前示のとおりであり、右出勤禁止処分時において被告会社が原告の右押印拒否行為を諭旨解雇または懲戒解雇に値すると判断したことが、右処分に至る経緯からみてやむを得なかったとは認め難いし、その外そのように判断したことを首肯させる客観的事情があったことはこれを認めるに足る証拠がない。

したがって、本件出勤禁止処分も無効といわざるを得ない。

四  請求原因4の(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

被告会社のした本件出勤禁止命令及び諭旨解雇がいずれも無効であることは前示のとおりであるから、原告は出勤禁止期間中得べかりし賃金一〇万三、三六〇円と受給賃金六万二、〇一六円との差額四万一、三四四円、解雇後の昭和四六年一〇月二二日から昭和五五年一一月三〇日までの得べかりし賃金合計九八六万六、〇〇〇円、賞与合計四〇三万六、四四〇円及び昭和五五年中に得べかりし手当二万一、六〇〇円総合計一、三九六万八、三八四円並びに昭和五五年一二月以降毎月二三日限り一ケ月一三万〇、九〇〇円の割合による賃金を被告会社に対し請求できるというべきである。

五  以上によれば、原告の本訴請求はすべて正当であるから、認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 諸江田鶴雄 裁判官 青柳馨 裁判官 竹中邦夫)

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